人類が問い続けてきた「神」と「人間」を壮大なスケールで描く、いまだからこそ響く少女マンガの伝説的名作『イティハーサ』【おすすめマンガ手帖】 | アニメ!アニメ!

人類が問い続けてきた「神」と「人間」を壮大なスケールで描く、いまだからこそ響く少女マンガの伝説的名作『イティハーサ』【おすすめマンガ手帖】

約1万2000年前の日本を舞台に、神々と人間の戦いを描く水樹和佳子のSF大河ロマン『イティハーサ』。信仰、権力、救い、争いを通して「神とは何か」「人はなぜ神を求めるのか」を問いかける、いまこそ読みたい少女マンガの伝説的名作を紹介する。

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昨今、ひかわきょうこ『彼方から』、篠原千絵『天は赤い河のほとり』のテレビアニメ化に加え、日渡早紀『ぼくの地球を守って』の実写ドラマ化も決定。さらに、少女漫画誌の周年企画や漫画家の画業記念展も続々と開催され、往年の名作に改めて注目が集まっている。

そんな今、ぜひ取り上げたいマンガのひとつが、水樹和佳子先生による『イティハーサ』だ。1986年に少女漫画雑誌『ぶ~け』で連載が始まり、連載の打ち切りを経て、1999年に最終巻を描き下ろす形で完結した本作。約1万2000年前の日本を舞台に、神々と人間の戦いを描いたSF大河ロマンだ。全15巻(ハヤカワ文庫JA 全7巻)にわたる壮大な物語のなかで、神とは何か、人間とは何かという根源的な問いを描き出している。

筆者が初めて本作を読んだのは子どもの頃。連載を追っていた当時は、神々の美しさや迫力ある展開だけで、神々の正体や世界の成り立ち、信仰と人間の関係をめぐる問いまでは理解しきれなかった。のちに読み返してみると、『イティハーサ』は神々と人間の戦いを描く壮大な物語であると同時に、人は何を信じ、なぜ救いを求めるのかを問いかける作品でもあった。子どもの頃には圧倒されるばかりだった場面が、まったく異なる意味を持って胸に迫ったことを覚えている。

※以下の本文には“ネタバレ”に触れる記述を含みます。読み進める際はご注意ください。

◆目に見える神と、目に見えない神 物語はひとつの村から始まる

ハヤカワ文庫JA 3巻表紙「青比古」

物語の舞台は、約1万2000年前の古代日本。人々が神と接することのできた時代だ。

目に見えない神々を信仰する村に暮らす少年・鷹野は、ある日、捨てられていた赤子を拾う。とおこと名づけられた赤子は、鷹野の妹として育てられることになった。そんなふたりのそばには、思慮深く知的で、物事を冷静に見つめる青比古がいる。鷹野ととおこが幼い頃から、兄のように慕い、師として仰いできた人物だ。ふたりから絶大な信頼を寄せられる青比古もまた、物語において重要な存在となっていく。

それから7年後。平穏だった村は、目に見える神々を信奉する者たちに襲われてしまう。生き残った鷹野、とおこ、青比古の3人は、やがて目に見える神々と対立する者たちと出会い、神々をめぐる争いへと巻き込まれていく。

ここで興味を引かれるのが、「目に見える神」と「目に見えない神」という対立だ。

神といえば、人間の目には見えない存在として想像されることが多い。しかし、本作では神々が実際に存在し、人間の世界に直接関わってくる。しかも、神と呼ばれる存在が、必ずしも人間にとって味方とは限らない。神々の対立に巻き込まれた人間たちは、何を信じ、どのように生きていくのか。

ひとつの村を襲った悲劇をきっかけに、物語は神々の対立、そしてその背後にある謎へと広がっていく。壮大な物語の幕開けとともに、「神とは何か」という問いが読者にも投げかけられる。

◆美しい神々の姿に隠されたもの 人はなぜ神を信じるのか

ハヤカワ文庫JA 6巻表紙「夜彲王」

『イティハーサ』の魅力のひとつが、水樹和佳子先生の描く神々の美しさだ。神々しく目を奪われるような姿もあれば、荒々しく恐ろしげな風貌もある。その描き分けは実に鮮やかで、神々の存在感を際立たせている。

しかし、彼らの姿は単に絵として美しいだけではない。人間はなぜ、ある存在を崇め、ある存在を恐れるのか。そもそも、目に見える姿は、その存在の本質を表しているのだろうか。

外見によって人を魅了し、価値を判断させるという点では、現代のルッキズムにも通じる問いが浮かび上がる。神々の姿をめぐる物語の仕掛けは、読み進めるほどに、信仰とは何かという本作の根幹へとつながっていくのだ。

美しいものに心を奪われる。その感覚さえも、誰かの意図によって生み出されたものだとしたら――。そんな問いを、物語の核心を明かすことなく、読者にそっと残していく。

◆鷹野、とおこ、青比古。それぞれの運命が交錯する

ハヤカワ文庫JA 6巻表紙「桂」「那智」

本作を支えているのは、神々の戦いという大きな構図だけではない。鷹野、とおこ、青比古をはじめとする登場人物たちが、それぞれの思いや葛藤を抱えながら旅を続ける姿も大きな見どころだ。

村を失った鷹野は、とおこを守るための力を求める。一方、人を殺めることを望まない青比古は、神々の争いに身を投じることに疑問を抱く。大切な人を守りたいという思いと、争いに加わることへのためらい。どちらも理解できるからこそ、彼らの選択には簡単に答えを出せない難しさがある。

また、とおこも物語のなかで大きな運命に直面することになる。彼女自身の過去や、自分と深く結びついた存在の謎が明らかになっていくにつれ、物語は単純な善悪の対立では語れない様相を帯びていく。

旅の途中で出会う人々や、神々の信奉者たちの思惑も絡み合い、登場人物たちの立場は少しずつ変化していく。敵と味方という区分だけでは整理できない関係性や、信じていたものが揺らぐ瞬間も描かれるのだ。

個々の人物の運命と世界の大きな謎が結びついていくことで、物語は次第にスケールを広げていく。

◆壮大な神話SFが描く、信仰と人間の選択

『イティハーサ』の魅力は、神々が登場する壮大なファンタジーでありながら、その物語が人間のあり方を問い続けていることにある。人間は何を信じるのか。目の前に存在するものは、本当に信じるに値するのか。自分の信じる正しさが、別の誰かを傷つけることはないのか。

神々が実在し、人間の運命に直接関わる世界だからこそ、こうした問いはより切実なものとして浮かび上がる。神を信じることが救いになる一方で、信仰が対立や争いを生むこともある。誰かを守るために力を求めることが、別の誰かを傷つける結果につながることもある。

物語が進むにつれて、神々の争いは、単にどちらが勝つべきかという問題ではなくなっていく。神々の秘密が明らかになるにつれ、世界そのものの成り立ちや、人間とは何かという問いも浮かび上がる。

1980年代から90年代にかけて描かれた作品でありながら、信仰や権力、争い、そして人間の選択をめぐるテーマは、現代の読者にとっても決して遠いものではない。壮大な設定のなかに、人間が繰り返してきた営みを重ね合わせている点も、本作の魅力だろう。

少女漫画という枠組みのなかで、神話的な想像力とSF的な世界構築を融合させた『イティハーサ』。物語の根底にあるのは、神々の戦いだけではなく、何を信じ、誰と生き、どのような世界を選ぶのかという、人間にとって普遍的な問いだ。

往年の少女漫画の名作が改めて注目されている今だからこそ、まだ本作を知らない読者にも手に取ってほしい。壮大な物語と、ページをめくる手を止めたくなくなるほど美しい神々の姿。その両方を、いつかアニメという新たな形でも味わえる日を期待したい。

《animeanime》

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